【コンシェルジュ・バミ】上野探索@都民の日 ~7:御香~

上野探索~その7~です。

 

お待たせいたしました!!

その3で書かせて頂きました東叡山 寛永寺で購入した

目的だったもの、御香に関してです。

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東叡香というもので、非常に高貴な薫り高きものです。

御香を扱うお店にも似たような御香があるそうですが

ここでは、当然、御香として販売されている訳ではなく

御線香として販売されております。

 

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☆コンシェルジュ・バミのものしりになれる?!メモ☆

御香が入っていた袋の裏に「輪王寺」と書かれておりました。
「輪王寺」とは・・・?と思いまして調べてみました☆

「輪王寺」・・・寛永寺の3世貫主となった後水尾天皇第3皇子の守澄法親王が、承応3年(1654年)に寛永寺貫主となり、
日光山主を兼ね、翌明暦元年(1655年)に天台座主を兼ねることになりました。
以後、幕末の15世公現入道親王(北白川宮能久親王)に至るまで、皇子または天皇の猶子が寛永寺の貫主を務められました。
貫主は「輪王寺宮」と尊称され、水戸・尾張・紀州の徳川御三家と並ぶ格式と絶大な宗教的権威をもっていらっしゃいました。
(歴代輪王寺宮は、一部例外もあるが、原則として天台座主を兼務し、東叡山・日光山・比叡山の3山を管掌することから「三山管領宮」とも呼ばれておりました。)

東国に皇族を常駐させることで、西国で天皇家を戴いて倒幕勢力が決起した際には、
関東では輪王寺宮を「天皇」として擁立し、徳川家を一方的な「朝敵」とさせない為の
安全策であったという説もあります。

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